“麦切り”で有名な、
寝覚屋半兵エに行ってみた。

おいしい話

“麦きり”とは、庄内地域に伝わる細打ちうどんのことで、水でよく冷やした麺をお出汁につけていただくのが特徴。原材料はいたってシンプルで、小麦粉を塩水で練ったものを、細切りにして茹で上げる。小麦粉のブレンドや麺の太さなどはお店により違いがあり、それぞれに独自のこだわりが光ります。

古くから冠婚葬祭などで振舞われていたという”麦きり”ですが、その根源は諸説あり。かつては「麦」と呼ばれていたものの、わかりずらいなどの理由から、”麦きり”と呼ばれるようになったという説や、古くは庄内では乾麺のことを”いなにわ”と呼び、生麺のことを”麦きり”と呼んでいたという説などがあるんだとか。

庄内で”麦きり”を語るのに、欠かせないお店。それが、『寝覚屋半兵エ』(ねざめやはんべえ)です。鶴岡市大山地区の明治6年(1973年)から続く”麦きり”で有名なお店で、創業当時から変わらぬ味を追求し続け、現在は6代目の主人がその味を守っています。

というわけで、今回は”無類の麺類好き”であるすずきまきが、実際にお店をおとずれた時のことをレポートしていきます。

やって来たのは5月後半のとある週末。庄内は快晴で朝のうちに気温は20℃を超え、関東では今年初の真夏日を観測。今季はじめて半袖で外に出た、まさに”麦きり”日和。まだ暑さに慣れていない身体は熱を溜め込んでいて、冷たい麺を食すにはこれ以上にないコンディションでした。

暖簾をくぐると、女将さんが迎えてくれます。マスクをしていてもわかる笑顔が明るくとても印象的。メニューはシンプルに”麦きり”と”生そば”のみで、一人前の”麦きり”を注文して席に着きます。テーブル席の他に広々とした小上がりもあって家族連れにも優しく、賑やかな食堂のような雰囲気の店内には、若いカップルや、わたしのようにひとりのお客も。

『寝覚屋』という一風変わった名前には、古くから伝わってきたふた通りの由来があるそうです。ひとつは、麺づくりに家運を賭け、味の追求のために寝る間もおしんで働いている初代主人の姿を見た本家が、名前をつけてくれたという説。もうひとつは、村人が夜なべで仕事をして眠気が差すと『半兵エ』の冷たい”麦きり”を食べ、それが目が覚めるほどおいしかったという説。どちらにせよ、かっこいい由来だとは思いませんか?

ほどなくして、”麦きり”が運ばれてきました。見た目は、まっしろで角のない細めのうどんというかんじ。ですが、ひとくち食べてみるとつるつるでもちもち。冷たくて喉越しがよく、食べていて気持ちがいいのです。ほんのりと小麦の香りを感じ、甘めで優しいお出汁とよく絡んで、気づけばするすると喉の奥へと入ってしまう暑い日の最高のごちそう。

からしが添えられているのは、すこし珍しいような。和からしは、庄内に根付く在来作物のうちのひとつ。昔は庄内全域でごく普通に栽培されていたものの、今では生産者が減って、庄内産の和がらしは貴重な存在になったといいます。爽やかですっと抜けるような辛さ。大根のお漬物は、甘いお醤油味でぎゅっと凝縮されたような味わいでした。

あぁ美味しい、身体の熱が内側から冷やされていくような気持ちに。

取材で訪れたわたしに、6代目のご主人が対応してくれました。電源は大丈夫ですか?など親切なお声がけとともに、過去の掲載紙を見せてくれて。つかず離れずの神対応に、人気の理由がわかりました。美味しいのはもちろん!だけど、このお店の真の魅力は人なのだと。

古き良き食堂のような店内

シンプルなメニュー。ビールもあります。

寝覚屋半兵エのある大山地区は、鶴岡市内にあるふたつの温泉地、湯野浜温泉、湯田川温泉のどちらからも車で15分以内。チェックアウトの前後にも利用しやすい好立地にあり、近隣にはお米の農家もたくさんあって、夏には庄内らしい田園風景を見ることができます。

食事を終え、近くの大山公園と下池周辺をのんびり散歩。自然豊かな湿地のまわりには、さまざまな植物が咲き鳥や虫や蝶々が飛び交っていて、この土地に暮らす人々にとっては、とても大切な水源でもあります。池のほとりで冷たい風にふかれながら、さっき食べた”麦きり”のことを思い出していました。

何もかもがある時代で、お金を出せば贅沢なものはいくらでも食べられる。だからこそ、素朴な美味しさに出会った時の感動は以前よりも増しているのかも。シンプルだからこそ、その味と真っ直ぐに向き合うことができる。向き合うことで豊かな香りが隠れていることに気づいたり、これまで知らなかった麦の味に出会えることがあるのかも。

そういえば、田舎そばという言葉は耳にしたことがあるけれど、田舎うどんという言葉は今までに聞いたことがないような。”麦きり”をあえて言葉にして、わたしなりに説明するなら、素朴で香り豊かな田舎うどん”。その美味しさからは人情や、温かみのようなものを感じました。庄内へ訪れる際には、ぜひ庄内伝統の”麦きり”を味わってみてください。

わたしも”麦切り”のおいしさに目覚めてしまったので、次におとずれる時には、張り切って大盛りを注文しようと思います。

基本情報

名称/寝覚屋半兵エ
営業時間/10:00〜15:00 (LOなし)
住所/山形県鶴岡市馬町字枇杷川原74
電話/0235-33-2257
休日/水曜・第2火曜
アクセス/JR鶴岡駅より車で約17分
駐車場30台

すずきまき

すずきまき

写真家・物書き。神奈川県横浜市に生まれ、2020年春に山形県鶴岡市へ移住。同年、庄内の自然に魅せられて創作活動をスタート。柔和な雰囲気の作風で、日々のなかにある光を写している。2022年4月には鶴岡市内の湯田川温泉にて自身初となる写真展『春眠』を開催した。 ライフワークはひとり旅。温泉めぐりと自然観察を軸に目的地を選び、現在は東北地方を開拓中。無類の温泉好きで、温泉ソムリエの資格をもつ。夫婦+2匹の猫、はるとあきとともに気ままな庄内ライフをおくっている。

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