温泉街でみる、おもしろい神楽?
江戸時代からつづく「湯田川温泉神楽」のこと。

お祭り・イベント

夏を乗り切るためにうなぎを食べることで知られている、土用の丑の日。山形県鶴岡市の湯田川温泉では、「温泉清浄祭」が開催されます。お湯が生まれ変わることを祝う「温泉清浄祭」。昔から土用の丑の日に湯治をすると1年間風邪をひかないと伝えられているんだとか。

毎年この日に行われるのが、湯田川温泉神楽。獅子舞やひょっとこが各旅館や商店の前で演目を披露する、この温泉地に古くから続く伝統的な催しです。”おもしろい神楽”や”滑稽な神楽”だといわれ、お祝いごとや宴の席でも親しまれてきました。

テレビ番組や、有名百貨店などの催事に呼ばれたこともあるという湯田川温泉神楽。新型コロナウイルスの流行により活動を休止していましたが、3年ぶりに上演されることになりました。

土用の丑の日、湯田川温泉の由豆佐売神社(ゆずさめじんじゃ)に向かう神楽保存会のメンバー。

由豆佐売神社には、温泉の神様が祀られているという。
神社での神楽のシーンは、山田洋次監督の映画「たそがれ清兵衛」のお祭りシーンにも登場した。

温泉地の神楽を古くから伝承してきた「湯田川温泉 神楽保存会」は、この地域に暮らす人々による有志団体で、なんと3代目将軍の徳川家光の頃にその活動が盛んになり、今でも続いているそう。酒井家の歴代藩主に披露していたという記録もあり、この伝承を守って行かなければという想いで、3年ぶりの再開が決定しました。

神楽には獅子舞のほか、三味線、笛、太鼓、つづみなどの御囃子、そしてひょっとこなど、いくつもの役割があります。メンバーは今年加入したばかりの新人から、50年以上神楽にたずさわってきた大先輩まで。幅広い面々が一丸となって、上演に向け練習を重ねてきました。

あたりが暗くなってきた頃、由豆佐売神社でご祈祷のはじまり。神社の厳かな雰囲気から一転、御囃子の奏でる陽気な曲調にあわせて獅子が舞い、一気にお祭りムードが漂います。獅子舞は無病息災を願い、悪魔払いをすることで知られていますが、神々を招いてたてまつるという意味もあるそうです。

獅子舞が登場!わ〜!と拍手したくなるところをご祈祷なのでグッとこらえて…

息の合った機敏な動きに、感動がとまりません。

おや?獅子のお口が開いて何かを差し出しています。奉納のようすが、ユニークですね。

温泉地に神社があって、その上に固有の神楽まであるなんて。開湯1300年という長い歴史をもつ、温泉地ならでは。独自の文化をもつほど愛され続けてきたのは、春夏秋冬でさまざまな表情をみせる自然に囲まれた温泉地であることや、いわゆる観光スポットと呼べるような場所や、コンビニなどの近代化を持ち込まなかったことに関連性があると感じます。”なにもない”ことの豊かさ、その価値を知っている温泉地だからこそ、受け継がれている文化なのかも?

そして、なんといってもお湯のよさが特徴の湯田川温泉。湯田川の湯は無色透明で、42℃前後という絶妙な温度で湧き出し、加水・加温の必要がなく新鮮なまま湯船に注がれます。お湯に浸かるとまるで優しさに包まれたような心地がして。古くから湯治場として愛されているそのお湯は、自然がくれた宝物です。

でも、もしかしたら、自然の賜物というだけでは、これほどまでにいいお湯というわけではなかったのかも…?ここに暮らす人々が、温泉の神様を祀り、「温泉清浄祭」として見えないものを祓い、守ってきたことが、お湯の清らかさをつくっているのかもしれません。

温泉街の奥まった場所にある、湯田川温泉会館。

ひょっとこの模様。なんともいえない、気の抜けたいい表情です

この大広間で、会議や練習会をしているのだとか。

湯田川温泉の共同浴場、正面湯の前で演目がはじまりました。奏でる音楽は、どこか不思議な情緒を醸し出しています。なんでも、インド舞楽の形式を取り入れてあって、珍しい音曲だといわれているそう。

上演するのは、「ひょっとこの舞」。獅子が安静の境地にある時、どこからともなくひょっとこが踊り出て、さまざまな悪ふざけをします。これは、災いを意味するもので、ついにひょっとこは獅子にほうり出されることによって終わるという物語。”滑稽な神楽”と評されている通り、ストーリーを知らずにはじめて見た人でも、なんだか面白くて笑ってしまうような趣きがあります。

古きよき佇まいの正面湯と神楽がよく似合う。

獅子舞の素早い動きから、一瞬も目が離せない…!

滞在中のお客さんや、地域の人も集まりにぎやかな雰囲気に。

おひねりを用意すると、獅子舞に頭をかんでもらえるそう。

小さな子どもたちはこわがって逃げていくのかと思いきや、幼い頃から湯田川温泉神楽を見て育った小学生の子どもたちは楽しそうなようすで獅子舞に近づいて行きます。動きと音楽だけで、老若男女だれでも楽しめるのはすごいこと。言葉がなくても伝わるので、外国から来た方々にもぜひ見てもらいたい。

「ひょっとこの舞」の他にも、「鳥刺し舞」や「寄世囃子」「お亀さん舞」などがあって、当初は21もの演目が上演されていたそう。なかには庄内弁の漫才なんかもあるらしいのだけれど、今では上演できる役者がおらず、もし上演できたとしても訛りすぎて誰も聞き取れないそうです。

演目は台本にまとめてあり、伝承されている。

演目は後半に差し掛かり、ひょっとこが登場。縦にのびた獅子舞は、安静の境地にいる=眠っているそう。ひょっとこは「ちょんべ」とも呼ばれていて、湯田川温泉を象徴するようなキャラクターといえます。お土産のひょっとこ饅頭や、各旅館に飾られたひょっとこモチーフの工芸品などを探してみるのもまた面白い。

それにしても、このひょっとこの佇まいはユニークすぎるほど。肌けた浴衣に、どこかロックスターのような振る舞い。人々を楽しくしてくれる愛すべき存在。最終的には獅子舞に追い払われてしまう、いわば悪者役なのですが、あまりに親しみやすい見た目ゆえにどこか応援したくなる一面も。その姿から、長年伝承されてきた理由が見て取れました。

オレやで!キリッ とばかりにポーズを決めてくれます。

眉毛の配置や、目の大きさまで、よくみると芸術的なバランス。

さぁ、クライマックスに突入。

獅子舞が目覚めて、ひょっとこをほうり出しました。

湯田川温泉神楽。その一風変わった趣から、里かぐら、あるいは道化かぐらともいわれているそうです。この舞は、五穀豊穣、身体堅固、商売繁盛などを祈るもの。他では一度も目にしたことがない、おもしろい神楽でした。

基本情報

お問い合わせ/湯田川温泉観光協会
ホームページ/ https://www.yutagawaonsen.com
アクセス/HP参照

すずきまき

すずきまき

写真家・物書き。神奈川県横浜市に生まれ、2020年春に山形県鶴岡市へ移住。同年、庄内の自然に魅せられて創作活動をスタート。柔和な雰囲気の作風で、日々のなかにある光を写している。2022年4月には鶴岡市内の湯田川温泉にて自身初となる写真展『春眠』を開催した。 ライフワークはひとり旅。温泉めぐりと自然観察を軸に目的地を選び、現在は東北地方を開拓中。無類の温泉好きで、温泉ソムリエの資格をもつ。夫婦+2匹の猫、はるとあきとともに気ままな庄内ライフをおくっている。

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